昭和四十一年八月十六日 夜の御理解
今晩の御祈念は今年の夏最高の暑さを感じました。もう汗でハンカチが絞るようにある。それに結局これも元を正して云うと、私の信心の不行届きからであったとこう思うのですけれど、今度歌舞伎の本を送ってきて頂いております。今月号の今度大阪で坂東鶴之助、今度名前が変わって大阪であの人が中心になって芝居があっておる。それの批評にこんな事が書いてある。鶴之助一人の大奮闘劇だと云う風に書いてある。しかも奮闘しておるけれども、奮闘しておるが効果が上がらなかったと。三つお芝居に出ておるんですけれども、三つ共、まあ云うなら堅苦しいお芝居だった訳です。この暑いのに本当に御苦労様と云う他ないです。芸そのものは素晴らしい。お芝居も悪いお芝居ではないのですけれども、この暑いのに一つぐらいは笹子なら笹子のすきっとした踊りでも出したら自分も楽であろうのにスマートさが無いと云う訳なんですね。その事を頂くんです。 私汗をブルブルかきよりましたらその事頂く。もう本当に御苦労様とそういう訳なんですね。いわば鶴之助の奮闘劇のそれによう似たようなものであると、それこそ今夜最高の汗をかくような御祈念をしよるんだけれども、そういう思いせんで済むのにそういう事しておるんだと、こういう訳なんですね。
今日十一時に繁雄さんが髭をあたりに来てたもんですから、髭をあたって貰う前に汗を流そうと思いましてね、風呂に入り汗を流さして頂いたまでは良かったんです。ところが風呂に入ってあそこでは何もせんですから、こげんなこつしてからと云うて、そういう風に思ううちに滑って胸の所を風呂の淵に当て膝を打ち。膝もおかげで座るのに不自由せんでいい、ちょっと上の方だったから良かったですけれども、もうそれこそ息も出来んくらいあったんです。
だから恐らくレントゲンでみたら折れとるかひびが入ってるとかしていると思うんです。とにかく痛いんです。横にもなられなければ縦にもなれない。只じっとおうなかせに寝とけばまあよかと云うぐらいに、今日は休んでおったもんですから夕食もそんなわけで遅く一人で頂いたんです。それにお風呂も一人で洗われんもんで家内が入っているところに行って髪の毛を洗って貰った。そしてもう御祈念の時間でしょう。汗ブルブルで奉仕着付けて胸は晒しを巻いて御神米様を祀りさせて頂いてから、もうあれやらこれやらでもうとにかく汗ブルブルで私の奮闘劇と云うところなんですけれども、御苦労さんと云うところなんでしょうね。 云うならば御苦労さんと云うのは、どうも暑いのに御苦労さんとそれではなくてですね、もう皮肉ですよね。
云うなら本当にこの暑いのに汗ブルブル流してもうちょっとスマートな出し物を出せば皆も喜び、自分もそんなに骨折らずに済むのにとこう云う訳なんでしょうね。 神様としたら今朝の御理解に、事を甘くみたらいかんと、例えて云うならば、久留米行きであろうが東京行きであろうが同じ事なんだと。久留米までちょっと車で行きますからとお願いする。東京に行く時にはどうぞ道中無事で御神米でも頂いて行ってと、云う風にそんなこっちゃいかん。車を軽うみちゃならん。甘うみちゃならんと云う御理解を頂いておりながら、その口の下でですね、私が皆さんに聞いて貰っているその口の下で私自身がやはりその事をおろそかにしておったと、もう先生もへちまもないですね。
神様がお気付け下さるのに間違いはやはり教えて下さるのです。ですから結局今晩の御祈念をさせて頂くのにです、こういう汗ブルブルで実にスマートさを欠いたことでございましたけれどもですね、それに依って色々分からせて頂きました。
本当にもっと自然に、スマートに信心が出来るものを、只ちょっと神様を外してお粗末御無礼を作ったばっかりにみんなに迷惑を掛けねばならない。私自身も苦しまなければならない。実に御苦労様と云うところなんですね。まあ今日私のおかげ落しのお話でございましたけれどもね、そんなもんだと信心は。
ですからももう今日は久しぶりに桜井先生の親子四人で御礼に出てきましたけれども、家内がとにかく主人が大変危険な仕事をしているらしいですね。高層建築のサッシのところに何かを填めるような仕事だそうですね。ですからお父さんに危険な仕事をさせたり、なんとか家内も仕事をさせて貰おうとするんですけれども、どうしても何かさせて頂こうとすると、子供が発熱したり腹痛を起こしたりしてからなかなか仕事もできない。成程有難いことだと私は思いもし、話もした事ですけれどもね。とにかくお父さんが働いて呉ている。その圏内で一つ生活させて頂きなさい。それは丁度私共が修行中に、とにかく家内が才女であったり、何か特別な技術でも持って居ったなら現在の私は生まれていない。あの時に本当に私のところの、頂くところのお金ならお金、収入なら収入の枠内で生活させて貰っていた。だから場合には子供達にキャンデーを与えるのでも、一本を二つに割って与えるという時代もあったし、何もない時にはメリケン粉を溶かして砂糖を入れてそして甘い水を作ってから与えたという時代でもあったと。あれが出来たからおかげ頂いたと思う。あん時家内が、例えば様々な洋裁が出来るとか、裁縫が人の物でも縫えるとか、他に産婆さんの技術でも持っていたなら現在の私は生まれていないのだと。
桜井先生、それはかえっておかげ頂きよると、だから神様がそういう意味合でも良いに付け悪いに付け間違いなく現れて下さる間はまだ大丈夫だと。ですから決して楽な仕事しようと思って自分が仕方もない働きをして楽にでもなろうかという考え方を捨てて、とにかく主人が働いてくるその枠内でひとつおかげ頂いて行きなさい。そこから又道開けば良かろうがと申しましたことですけれど、例えば良いに付け悪いに付けです、神様がそういう風に間違いなく働いておって下さっておると云う間はまだ有難いんです。
例えば私が今朝の御理解をちょっと、これは今朝の御理解がその日一日の支えになるんですよね。みんなお互い私の同じ事なんです。それを支えにせず、ちょっと外して神様を外した様なことを、より軽うみたり、甘くみたりしておるところにです、神様が押し倒しなさったと云う感じです。だからそういうものが頂かれている間はまだ有難いのですよ。そういうものでももう頂けんようになったらおしまいだと思いますね。
まあ今日の私の一日の御苦労様と云うところをですね、聞いて頂いたんですけれどもね。 どうぞ。